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  • 執筆者の写真教育エジソン

私の「宗教秘儀」体験


 日本中を震撼させた宗教団体の一連の報道以来、「瞑想をしています」とは、何となく言いにくい。迷惑な話ではある。

 修行の目的が、超能力を得るためとは情けない。しかし、すべての宗教は、多かれ少なかれ、人間の潜在意識にアプローチし、病気を直す、人生を変えるなどの神秘的な体験をもたらす技術を持っているといってよい。

 そうした体験の多くは、催眠をはじめとする科学的な現象として説明がつく。それをことさらに神秘のベールに包んで、奇跡のように見せかけることに、心身医学の泰斗池見酉次郎は、早くから警鐘を鳴らしてきた(『催眠~心の平安への医学』NHKブックス)。

 一見神秘的に見える、不思議な宗教体験。私にも一つだけ、記憶がある。

 まだ学生の頃、京都に住む友達に、ある信仰宗教の道場へ連れて行かれた。マンションの一室に入ると、教祖か幹部か、ポロシャツを着ているが、不思議な威厳を持った中年男性が、一人の老女を相手に施術中であった。

老女は苦しそうに畳の上をのたうちまわり、「許してくれ」とうめいている。狐つきのように、とりついた悪霊が老女のロを借りて語る。男性は、老女の上にてのひらをかざし、悪霊を懲らしめる。

「これは明らかに催眠だ」と私は断じた。

「いや、意識はハッキリしてるのに、体や口が勝手に動いてしまうんだ。霊が出てきているとしか思えない」。何度も施術されて、奇跡を体験したと友人は言う。

「催眠というものはそういうものなんだよ」と、私は譲らない。

 それを聞いて、その場のナンバー2とおぼしき中年の女性が「もし本当にそう思うならあなたも体験してみたらどうですか。自分でやってみなければわからないでしょう」。

 私は、引っ込みがつかなくなった。女性の命ずるまま、彼女の前にあぐらをかいて座り、目を閉じて合掌した。

「ゆっくり深呼吸をしてください」と言う。

これでは催眠の誘導そのものだ、と私は醒めた頭で思っている。私の額のあたりにてのひらをかざしているらしい。何やら呪文を唱えはじめるが、意味はわからない。

 不思議なリズムの呪文がしばらく続いた後、突然日本語になって彼女は語りかけ始める。私にではなく、出てきた霊に向かって。

「ご霊さん、ご霊さん、おいでになりましたか。おいでになったのなら、エジソンさんの体を前後に揺らしてください」

しかし、体は揺れない。逆らおうとすると逆効果になるのが催眠暗示の原理だから、無理に抵抗することはしない。

 私の反応がなくとも、一向こだわる様子もなく、女性は、霊への話しかけを続ける。

「ご霊さん、ご霊さん、あなたはエジソンさんのご先祖様のご霊さんですか。もしそうなら、エジソンさんの体を前後に揺らしてください。違うなら、左右に揺らしてください」

 これではまさにこっくりさんだ。催眠としては初期段階の観念運動に過ぎない。

 そう思った瞬間、私の体は金縛りにあったように、自由がきかなくなり、スウッと畳から5センチほど浮き上がったように感じられた。そして、私の上体が、重い鉛の振り子のように、どこから来るとも言えない圧倒的なカで、ゆっくりと前後に揺れた――。

 結局、催眠現象であるとの確信は揺るがなかったが、確かにこれは不思議な体験だった。催眠には、累積効果がある。これをくり返し、被暗示性を高めてより不思議な現象を引き出して行けば、霊的な奇跡と信じる人が出るのも無理はない。実際、心因性の病なら、治療効果もあるだろう。

 当時私は、まだ本格的な他者催眠は体験したことがなかったので、これが深い他者催眠の感じなのかと納得したくらいである。

 しかし、数年後、催眠療法を習いにいき、何度も他者催眠にかかったが、あの神秘体験ほど深い他動感は得られなかった。私もやはり、場の雰囲気に呑まれていたのだろうか。

 自分で気づかない心理の落とし穴が、催眠の効果を大きく左右する。そう今でも信じているのだが……。

1995年7月

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