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  • 執筆者の写真教育エジソン

目標実現のイメージ


 私はこの4月から、東京学芸大学の大学院生となる。専攻は教育心理学で、私が開発した小説読解の方法論「カットイメージ読解法」の特性や効果を心理学的に検討してみたいというのが希望である。1年間は休職扱いで学業に専念し2年目は、現場に戻って通学を続ける。

 大学院で心理学を本格的に学びたいと、長年思い続けてきた夢がようやく実現した。これもイメージ・トレーニングのおかげである。

 大学時代は文学部の文芸科に籍を置き、授業はほどほどで小説ばかり書いて過ごした。教師になってから、本気で取り組みたい分野として心理学を意識するようになった。

 具体的に考え始めたのは5、6年前からだが、現在の大学院派遣制度はまだなかった。唯一あったのは、上越、兵庫、鳴門の三教育大学大学院への派遣研修で、これなら、2年間休職できる。私は、志望校を鳴門に決め、目標実現のイメージ・トレーニングをくり返した。大学のパンフレットに、周囲を海に囲まれたキャンパスのすばらしい眺めの写真が載っていた。私はそれをくり返し眺めて記憶に焼きつけ、そこでの学生生活をあれこれイメージした。そのためのBGMも自然と決まってきて、受験準備勉強の合間に、リラックスしてその曲を流し、イメージに浸った。今でも、その曲を聴くと、当時の切ないあこがれや、勉強に取り組んでいたときの気持ちがよみがえってくる。

 しかし、地方への転居は、家庭の事情で難しく、鳴門教育大学への進学は断念せざるを得なくなった。それでも、大学院進学への道が絶たれたとは思わなかった。

 その頃、T先生との出会いに恵まれた。教育催眠学会という場を得て、やりたかった研究・実践を自己流ながら少しずつ始め、研究テーマも次第に具体的な姿が見えてきた。

 三年前に、現在の研修制度が都で始まった。が、ちょうど子どもが生まれた時期で、その年の応募は無理だった。しかし、確かな道ができたので、その目標に向けて準備を始めた。

学芸大学に志望を決め、大学の図書館で過去の入試問題をコピーした。ついでにキャンパスの写真も撮り、イメージを描く材料にした。

 翌年には応募するつもりだったが、子どもがまだ小さいので、妻と相談して、さらに一年延ばすことにした。その決断は少し辛かったが、実際のところ勉強もあまり進んでいなかったし、研究テーマもまだ漠然としていた。

 さらに1年待つ間に、多少なりとも勉強の蓄積ができ、研究テーマもあれこれと考えることができた。やがて「カットイメージ」のアイデアが急速にまとまった。

 だから、派遣希望者の募集が来たときには、待ってましたとばかり、研究計画書を一気に書き上げた。都で認める派遣人数は、初年度は数人であったが2年目には10人、今回は18人と年毎に増員された。早まって昨年応募しても、落ちていた可能性が高い。全都(小中高特殊)で80数名希望者があった中から、書類選考と面接を経て選ばれることができたのは、志望を長年温め続けてきた成果だと思う。

 大学院の試験も、専門科目の受験準備をずっとしてきたが、実際には都の推薦で、小論文試験に振り替えられ、難なくパスできた。

 鳴門のキャンパス生活は実現しなかったが、イメージを描き、信じ続けた結果、思いがけない形で願いは現実となった。目標をイメージするというとき、現実との些細なギャップにとらわれるより、心にイメージを抱き続けることが大切なのである。

 しかし、まったくの門外漢がいきなり専門レベルの授業を受けるのだから、これからの勉強は、並の努力では務まらない。特に、心理学には不可欠の統計数学や専門分野の原書講読が、今から頭痛の種である。

 その一方で、相変わらず子供を抱えた家庭人という、時間的制約からも逃れられない。はてさて、どうなりますことやら……。

 とはいえ、14年間教師をやってきて、また学生に戻れるだけでも、文句なく嬉しい。このあと何回かに分けてキャンパス行状記をご報告することとしよう。

1997年4月

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