イメージのための音楽
イメージのための音楽は、「リラクセイション・ミュージック」とか「環境音楽」などと呼ばれているが、音楽ジャンルとしては、「ニューエイジ・ミュージック」と言う。「新しい時代の音楽」、あるいは「新世代音楽」であろうか。
近年、静かなブームであるとは思うが、アーティストたちの名は、ほとんど知られていない。その中でかろうじて「有名」と言えるのは、喜多郎、姫神、宗次郎で、私は「ニューエイジの御三家」と呼んでいる。
喜多郎は、まさにこの道の開拓者である。シンセサイザーを駆使した名曲『シルクロード』で一躍その名を高めた。アルバム第一集が『シルクロード~絲縄之路しちゅうのみち~』で、その後『シルクロードⅡ』『シルクロード敦煌』『シルクロード天竺』と続く。
これ以前のCD『大地』『天空』などは、シンセサイザーの電子音がいかにも宇宙的であまり情景が浮かんでこない。喜多郎の音楽は、『シルクロード』によって、具体的なイメージを喚起する力を得たと言えるだろう。
いずれもメロディーが美しいと同時に、倒的な自然と、悠久の時間に思いを馳せさる雰囲気がある。『シルクロードⅡ』を聞いていると、あてもない旅路の途上で、果てしなく広がる砂漠に、イースター島のモアイのような巨大石像が突然そびえ立って、天に向かって歌いだしたりする。
喜多郎の登場が画期的だったのは、シンセサイザーの音楽が、一見対極にあるかのような、東洋的な風景や精神世界を描写する力を持つことをはっきりと示した点にある。それが、以後の作曲家たちの道を開いた。
最近は米国にいることが多いらしく、めっきりCDを出さなくなったが、あちらで制作したスケールの大きな傑作が『古事記』。大地と時間の広がりを感じさせるダイナミックな展開。その中に流れるロマンチックな旋律は、神話世界へのあこがれをかき立てる。おそらく喜多郎は『古事記』の本文に沿って、このアルバムを構成している。終わり近く、天の岩戸の前での激しい踊りの太鼓、かけ声がひとしきり続いた後、輝かしい光のシャワーと共に、岩戸が開いていく。
しかし、必ずしもそのストーリーにとらわれる必要はない。作り手は特定のイメージを表現しようとして作曲しているのかも知れないが、聞き手はそれを汲みとろうとしてもいいし、まったく関連のない自分の見たいイメージの背景としてもよい。ただ、自分なりのイメージを見ているつもりでも、混沌から結晶へとか、不安からやすらぎへといった、曲の底流に流れているテーマは、結果としてイメージの展開に影響を与える。
おそらく、優れた芸術にはそうした普遍性がある。それは、個人的体験(この場合、古事記を読むという体験)を深く掘り下げた結果、たどりつく普遍性なのである。
姫神(ひめかみ)は、岩手県の過疎の村で、時には村人の農作業を手伝いながら、曲づくりをしているグループだという。リーダーの星吉昭は、写真で見る限り、長髪とひげに白髪がまじり、仙人の風貌を持つ。
一貫して東北をテーマにしているが、その作風は、常に変遷している。『姫神せんせいしょん』と称した初期のCD『姫神伝説』、『奥の細道』『遠野』などでは、異常なくらいリズミカルで飛び跳ねるような曲が多い。
『姫神』と改称し、NHKの紀行番組のBGMとして『海道』を作った後の中期の作品群が、メロディーも美しく、イメージ喚起的である。『まほろぱ』『雪譜』『北天幻想』『姫神風土記』『時を見つめて』『イーハトーヴォ日高見』……。
『海道』は、日本全国の海岸を次々とたどる。四季折々の海、夜明けの海、日没の海。白い波頭が見え、磯の香が漂い、潮風が頬をなでていく。
『雪譜』は、しんしんと雪の降り募る情景を様々な色合いで描写していく。アルバム全体がそれなので、ずっと聞いているとつらくなるが、一曲一曲のメロディーは、氷のように澄み渡って美しい。
名前があまり知られていない割に、姫神の曲は、テレビのさまざまな場面でちょっとしたBGMとして使われることが多い。とくに紀行や歴史などのルポで、自然の景観が広がる場面などに、何気なく流れている。
近作の『東日流(つがる)』『マヨヒガ』などは東北のルーツとばかり、津軽三味線や民謡の声を織りまぜてあるが、フォークロア臭が強過ぎて、私には、ちょとついていけない世界になりつつある。
宗次郎は、山里の廃屋に住んで、自ら土をこね、窯で焼いて、民族楽器のオカリナを作る。そうしてできたさまざまな音色のオカリナで奏でる宗次郎の音楽は、都会人の疲れた心に、どこか懐かしく沁みわたる。世代を超えて人気が高く、アルバムも多いし、コンサートも活発に行なっている。
『ハーモニー』『FOREST』『イメージス』『風人(ふうと)』『木道(きどう)』『水心』など、自然の中に安らぐようなタイトルのアルバムが数々出ているが、姫神と逆に曲のタッチが一定していて、強烈なワンパターンと言ってよい。しかし、好きな人には、そこが安心できる点でもあろう。その意味で一枚を選ぶなら、『心』であろうか。ここには、その後くり返されるパターンのエッセンスがある。
シルクロードに次ぐNHK特集のBGMとして作られた『大黄河』『大黄河Ⅱ』は少し毛色が違う。作曲は宗次郎だが、ほとんどシンセサイザーだけで演奏される曲もあり、バラエティに富んだイメージを喚起する。
以上の御三家以外のものは、一般のCD店では、置いているところが少ない。
海外レーベルで『ウィンダムヒル』シリーズというのがあり、さまざまなアーティストのオリジナル・アルバムの他、『心の美術館』シリーズ、『ウインターコレクション』他四季のシリーズなど、複数の作曲家の曲を編集したやすらぎのBGM集が出ている。
トレンディドラマの音楽などを担当している西村由紀江のピアノ曲は、都会的でモダンな雰囲気(『リュミエール』『MOON』『Graceful』など)。溝ロ肇は、繊細な曲から軽快な曲まで、チェロの重厚な音色で表現する(『プレシャス』など)。喜多嶋修は、シンセサイザーを駆使して、東洋的な旋律の中に、哲学的な深みのある独自の音楽世界を作る(『イン・マインズ・ウェイ』など)。
催眠誘導の背景など、途切れがなく、山もない音楽が必要な場合には、宮下富実夫の『ヒーリング・ミュージック』がよいが、入手しにくい。『やすらぎ』『瞑想』など。
次回は、こうした音楽を使ってイメージを楽しむための方法を考えてみる。また、今回は触れなかったが、私が今一番愛好しているアーティストについても、次回紹介しよう。
1996年11月