• 教育エジソン

友を喪って② 倶会一処(くえいっしょ)


 NJさんのご焼香に伺ったのは、年が明けた今年の1月2日である。桐生にある妻の実家へ車で向かう途上、妻と小5の息子とともに、寄らせていただいた。北群馬郡榛東(しんとう)村。

 NJさんは私より少し若く、独身であったが、何と、ほんの4ヵ月ほど前にお母様を亡くされていた。その悲しみも癒えないうちに、突然襲った事故。遺されたのは、お父様と、隣の渋川市で家庭を持つお姉様である。

 高速を下りて電話すると、お姉様が迎えに来てくださった。近いので、実家には毎日のように寄るという。

 喪中の正月に家族で押しかける無礼にもかかわらず、とても温かく迎えていただいた。お父様とお姉様の温かな雰囲気に、思いがけず長居をしてしまった。

 2つ並んだ仏壇の遺影。NJさんの写真は、若いときのものだというが、たった一度きりしか会っていない私には、感慨深いものがある。記憶の面影とだぶらせながら、じっと見つめて、「遅くなりました」と話しかけた。

 お姉様は、事故の模様やあのときああしていればという悔い、事故に関する他人の無責任な発言への戸惑いなど、穏やかに語られる。が、短期間の間にお母様とご長男を立て続けに亡くされたお2人の胸中は、察するに余りある。

 実は、妻も先年、相次いで両親を亡くしている。病床の父に心を砕き、看取った母。これからは自分を大切にして楽に生きて欲しいと願った矢先、その母をも突然に喪った。その無念は、晴らされないままである。

 私が彼の居室に通されて蔵書を眺めては想いにふけっている間も、居間からは、のどかな笑い声が聞こえた。息子も退屈せずに、その輪の中に加わっている。

 それぞれに秘めた悲しみを、深く共有しながら、和やかに過ごす語らいは、妻にとっても貴重な癒しの時であった。私たち家族もまた、心癒されたのである。

 お姉様の案内で、近くにあるお墓にお参りさせていただいた。おりしも、曇は低くなり、一段と冷えが増して、風花が舞い始めた。

 お姉様は、相次いで肉親を亡くすという出来事の中で、夫によって支えられた、夫の存在のありがたみを実感したと言う。しみじみとくり返し、そう語るのだった。私は、妻が一番苦しいとき、その痛みを分かち合うためにどれだけのことをしただろうか。

 墓碑を見上げると、お母様のためにNJさんが選んだという「倶会一処」の文字が刻まれている。阿弥陀経のことばで、極楽浄土に往生してひとつところにみんなで集う、という意味だという。

 「いつかまた会いましょう」、そう言って笑うNJさんの声を聴いたと思った。

2006年11月

#家族生活介護 #人生苦難死別

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