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  • 執筆者の写真教育エジソン

口ひげとモデリング


 最近、口ひげをはやすようになった。

 初めは怪訝な顔をしていた生徒や同僚も、1月もすると、「違和感なくなった」と言う。

 始めたのは気まぐれだが、潜在意識的な面で、このひげには重要な意味を感じる。

 20数年前、新宿にあるK工業高校の定時制で教員生活のスタートを切った。最初の授業に、私はほとんど何の準備もせずに臨んだ。大学時代、住込みの新聞配達から始め10数種のアルバイトを経験した。その話をすれば、働きながら学ぶ生徒たちとコミュニケーションが取れるだろう、と高をくくっていたのである。しかし、バイクとナンパの話題に明け暮れる生徒たちは、教師が口を開いても、見向きもしない。立往生して、事態を切り開く術を、私は何一つ持っていなかった。

 次の時間からは、プリントを必ず持っていった。生徒に作業させ、自分は話さなくてもいいようにである。しかし、心の中では、生徒をひきつける話し方がしたいと望んでいた。

 そんな思いで、飯田橋にあった「話し方教室」の門を叩いた。そこに1年以上通ったが、受講生の年齢・職業が多様で、社会人1年生の私には、とても大きな学びの場であった。講師もさまざまだったが、中に、当時40歳、口ひげを蓄え、三つ揃いのスーツをりゅうとして着こなしたAK氏がいた。

 氏の話しぶりには、他にない説得力があった。たとえば、人前で話すとき「上がってしまって」と多くの受講生は訴える。するとたいていの先生は、上がらないための処方を与えようとする。しかし、AK氏は、「上がったっていいじゃないか、話が伝われば」と言う。逆説的な驚きの中に、深い人間理解と強い信念を感じて、私は氏にすっかり心酔してしまった。

 仲間たちとの飲み会にもよくつきあってくださったが、氏が欧州に留学して、『夜と霧』で知られる精神医学者フランクルのもとで研究されたという話は、私を興奮させた。

 私の勤務校にお招きして、定時制の生徒の前で講演していただいたこともあった。その話しぶりは真剣そのもので、生徒たちに思いを伝えようとする情熱にあふれていた。

 以来、口ひげと言えば、AK氏のことを思い出す。しかし、今、口ひげを蓄えているのは自分自身であり、氏と自分が重なってくる。

 「モデリング」とは、他人の行動を見て模倣する学習だが、NLPでは、より具体的に、理想とする人物の姿をありありとイメージし、その人物になって行動してみる技法をさす。

 氏はその後、コミュニケーション研究所を設立され、今もご活躍と聞く。私も、いつしか氏の当時の年齢を越えてしまったが、その記憶から学ぶことは尽きない。口ひげは、氏の記憶につながる重要な手がかり(アクセシングキュー)である。自分のひげに触れると、氏の姿がわが身に宿り、その行動をなぞる。ならば、このひげもまんざら伊達ではなかろう。

2005.9.

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