暗記ペンの裏技①
高校生がよく使う勉強のツールとして、「暗記ペン」というものがある。たとえば赤色のマーカーで、教科書の重要事項を塗り、セットになっている緑色の透明シートをかぶせると、その部分が黒くなって見えなくなり、暗記学習ができるというものである。ペンとシートの色が逆のセットも売っている。
私が高校生のとき、こんな便利なものはなかったが、まったく同じ原理で勉強をしていた。参考書に半透明のトレーシングペーパーを貼り、上からサインペンで塗りつぶす。ペーパーをめくって覚え、かぶせて、言えるようにする。私はこの方法で、世界史の参考書をまるまる一冊覚え、私大受験に勝ち抜いた。その知識は、今でも私の社会認識の核になっている。
もともと、勉強のために緻密なノートを作るというのが苦手な方である。ノートや暗記カードをいくらきれいに作っても、それを活用しなければ意味がない。それよりも、暗記ペン方式なら、書き写す手間もなく、教科書や参考書をそのまま覚えられる。
私がこの方法の効果を実感したのは、高3になり、世界史の受験勉強を本格的に始めようと問題集を買ってきたときである。試しに要点の解説を読み、わかったつもりで問題に取り組むが、基本問題すら解けない。これはショックだった。そこで、受験雑誌で見たことのあるトレーシングペーパー方式をやってみた。すると、知識が頭に入った実感があり、面白いように問題が解けるのだった。
考えてみれば、要点解説を読むだけで、何となく理解したつもりでいても、実際には頭に入っていない。読むことと実際に問題を解くことの間には、大きなギャップがあったのである。しかし、解説を読み、重要事項を塗りつぶして文脈のままで言えるようになれば、次に別の形式で問われても答えられる。これは、学習過程を無理なく段階化していくことであり、行動主義心理学者スキナーが唱えた「スモールステップの原理」である。
30代も末になって、大学院派遣の準備勉強をしたときには、私も暗記ペンを使ってみた。色の濃いシートは本文が読みにくい感じもするが、それも慣れで、本の厚さが3倍にもなってしまうトレーシングペーパー方式よりは、はるかに使いやすい。おかげで、遅れて出発した心理学の勉強も、基礎知識の不足で苦しむことはなくてすんだ。
そうした中で、暗記ペンの塗り方にしても、いろいろな工夫をして、いくつかの「裏技」と言えるものを編み出した。
私の教える生徒たちの中にも、この暗記ペンを使っている子はよく見かける。しかし、その塗り方を見ていると、このツールの効果的な使い方をおよそ理解していない。言えることは、とにかく、「塗り過ぎ」なのである。
私の教科分野で、国語の文学史を例に挙げていくが、「二葉亭四迷は、言文一致を唱え、『浮雲』を書いた」とあると、「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」と、全部塗りつぶしてしまう生徒がいる。しかし、文を丸暗記するのは負担が大きく、その苦労に見合う価値もない。第一、全部塗るなら暗記ペンの意味はない。全体の中で一部分だけ隠せるのが、このツールの最大の強みである。
だから、「■■■■■は、言文一致を唱え、『■■』を書いた」と塗るのが基本である。が、それも、一気にやることはない。まず『浮雲』だけを消し、それが言えるようになったら、「二葉亭四迷」も消す。やがては、「言文一致」も消すことになるかもしれない。
まずは、どこを問題にし、どれを答えにするか、と考えて、最優先で憶えたい答えを絞り込んでマークする。それが言えるようになったら、2番目に重要なものをマークして覚える。重要度を見分けるために考えることが理解を促進し、記憶自体も強化する。また、覚えていく順番を考えることは、理解度を正しく自己判断(心理学でメタ認知という)して学習を計画的に組み立てていくことになる。
しかし、裏技と言うのは、この先である。
2003.7.