教育エジソン
ピア・サポート講座
本校の「総合的な学習の時間」は、各学年の前半で、自己の進路について理解を深め、後半は、各自の興味関心に合わせた自由選択講座で学ぶ。その講座のひとつとして昨年、初めて「ピア・サポート講座」を2年生向けに開いた。臨床心理学に関心と素養の深い2人の同僚とチームで発案し、企画から実施まで分担・協力して進めた。
メンバーの1人は、社会科嘱託のS先生。白髪交じりの長髪を後ろで束ねて、穏やかな笑みを浮かべ、超俗的な雰囲気を漂わす。科目は倫理を担当されているが、飾らずご自身を語ることの多い授業だと、生徒から伝え聞いていた。定年退職されたあと、嘱託員として教壇に立ち続ける傍ら、心理系の大学院に通い、修了された。その後は、臨床心理士を目指して勉強されているという。
そのことを私が知ったのは、S先生の赴任から、既に1年以上過ぎていた。噂を耳にしてまもなく、同席した折に話しかけると、すぐに意気投合した。ほどなく、2人で飲みに行ったり、ときには私の家庭の悩みなどを聞いていただいたりもするようになった。
そんな2人が、今度は養護教諭のT先生がカウンセリングに詳しい、と伝え聞き、お菓子を持って保健室へ押しかけた。30代のT先生は、保健室に駆け込んでくる生徒たちに、ときには優しく、ときには厳しく接しながら、一方で読みやすい保健だよりを頻繁に発行する。話してみると、都のカウンセリング研修を受け、学校教育相談の研究会で活動してこられた。エンカウンターなど、生徒の気づきを促すグループワークにも関心が深く、前任校で実施したこともあるという。
互いの関心が通じ合い、大いに盛り上がって話すうち、3人でワークショップ的な講座をやってみたいと、気持ちは一致した。幸い、2学期後半から「総合」の選択講座が始まる。週1回、10回の講座。さっそく、自主企画として名乗りを上げることにした。
では、何をやるか。何度か集まり、3人でそれぞれの持ち札を出し合ううち、T先生が「ピア・サポート」(末尾文献参照)の案を出した。生徒たちの相互援助スキルを高めるコミュニケーション・トレーニング。多種の心理学的知見を応用したグループや個人のワークで構成されている。人間関係や自己認識の改善が期待できそうだ。これで行こうと、話はまとまった。
相談してまとめた10回のプログラムは次のとおりである。
〈ピアサポート10回プログラム〉
①ガイダンスと雰囲気作り
②ブラインドウォークで学ぶ援助の姿勢
③エゴグラムで自己理解
④関心を持って聴く練習、質問の仕方
⑤気持ちを聴く練習
⑥悩みを解決する相談の五ステップ
⑦前回の続きと自己コントロール
⑧対立解消の話し方
⑨上手な断り方
⑩危機への対応と守秘義務
月曜の最後の授業。必修選択の希望を取り、11月から開講した。1講座平均20人のところに16人(女9、男子7)。「映画で学ぶ世界史」、「基礎からの英文法」など人気講座のような競争はなく、すんなりと第1希望が通った。メンバーを見ると、成績は格別よくはないが、素直で明るい生徒が多い。
第1回は、ことば以外の方法で、互いに誕生日を教えあって順番に並ぶ「バースデーチェーン」。そこからペアになり自己紹介と、皆の前での他己紹介。
第2回は、輪になって互いの名前を呼びながらぬいぐるみを投げ合う「ストローク体験」から、目隠し歩行体験とその介助の実習で、サポートの基本的姿勢を学ぶ。
第3回のエゴグラムテストでは、生徒たちは大いに盛り上がり、その解説にうなずいた。
彼らは確かにトレーニングを楽しんでいる様子で、毎回の感想でも、おもしろい、気づいた、ためになる、ということばが目立つ。
しかし、実際に役立つのは、第5回「気持ちを聴く練習」、第6回「悩みを解決する相談の5ステップ」あたりからである。
相談者と援助者に役割を分け、「遅刻が直らない」、「勉強に集中できない」など、自分の実際の悩みを題材にして、話を聴き、問題を整理し、解決策を考えていく。その様子は、生徒たちの日常の一コマのようにも見え、学んだことがふだんの人間関係に活かされるに違いないと、確かな手ごたえが感じられた。
〈参考文献〉
▼菱田準子著 『すぐ始められるピア・サポート指導案&シート集』 ほんの森出版 2300円
森川澄男監修。生徒たちは日ごろ、お互いに悩みを打ち明け聴いてもらうという、相互支援(ピア・サポート)を自然発生的に行なっている。そこで、本人の自己解決を支援する姿勢や、共感的な話の聴き方、問題解決の手順などを学ぶことで、個人と集団の成長を図るのが、ピア・サポートという活動であり、その一環として、トレーニングがある。この本では、22回分のトレーニングが、すぐ実施できる指導案と教材の形にまとめてある。グループワーク、ロールプレイなど、楽しく取り組みながら相互理解を深め、気づきを促す実習が、ふんだんに盛り込まれている。
これが私たちの種本となったが、自分たちの手で料理し直してみると、これらの指導案がよくできているのが、いっそう実感できた。生徒がほんとうに動くかどうか、どうすれば動くのか、そうした現実がきちんとイメージされている。著者もやはり現場で苦労した人に違いないと、ひそやかに、深い共感と尊敬を抱く。
2006.6.
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